九州喧嘩三国志 5
直茂の策略により、内側から崩壊を始めた豊臣連合の包囲網。
「チェストォォォッ!!」
狂犬の勢いを取り戻した義弘が、大混乱に陥る豊臣の兵隊を次々と殴り倒し、本陣へと突き進む。島津の勝利、あるいは豊臣の敗走――誰もがそう確信した、その瞬間だった。
乱闘の喧騒を切り裂くように、一斉に鳴り響いたのは、豊臣軍のスマホから発せられた無機質な電子音だった。
「――作戦コード『水攻め』を発動する。全員、耳のイヤホンを切り替えろ」
その冷徹な声の主は、豊臣本陣の奥深く、ハイテク機材が並ぶ特設トレーラーの中にいた。
第五章:九州平定
車椅子に取り付けたノートPCといくつものモニターを操る男。豊臣連合の最高幹部にして、絶対的な頭脳――「天才軍師・官兵衛」である。
官兵衛は画面に映る直茂の顔(監視カメラの映像)を見つめ、不敵に口元を歪めた。
「龍造寺の直茂……。お前が豊臣の通信をハッキングし、内部分裂の偽情報を流すことくらい、3日前の時点で織り込み済みだ」
直茂が流した「裏切り録音データ」は、実は官兵衛が敢えて直茂に盗ませた『偽の暴露情報』だった。
豊臣軍のパニックすらも、島津を本陣へとおびき寄せるための官兵衛の壮大な演出に過ぎなかったのだ。
「何……っ!?」
廃ビルの闇に潜んでいた直茂のスマホに、異常を知らせる警告赤ランプが点滅する。
直茂がハッキングしていたはずの豊臣の通信網が、逆に龍造寺側の全ネットワークを逆探知し、彼らの隠れ家やアジトの場所を完全にロックオンしていた。
直茂の背後の闇から、ガシャガシャと不気味な音が響く。
現れたのは、スタンガンや特殊警棒ではなく、本物の暴徒鎮圧用盾(シールド)を構えた、豊臣連合の「別働隊」だった。
「直茂。お前が他人の心を操る化け猫なら、俺は網を張って待つ蜘蛛だ」
官兵衛の冷徹な声が、直茂のスマホから直接流れ出す。
「お前が動いた瞬間、龍造寺の残党の配置はすべてこちらのGPSで丸裸だ。一網打尽にさせてもらう」
「……しまっ、た……!」
生涯で初めて、直茂の冷徹な顔が驚愕に染まった。タイマンの強さではなく、情報と物量、そして「先読みの精度」で、龍造寺の搦め手は完全に封殺された。龍造寺の「モンスターキャット」は、一歩も動けぬまま豊臣の圧倒的な盾の壁の前に制圧されていく。
一方、直茂の裏工作が機能していると信じて突撃を続けていた義弘は、奇妙な違和感に気づいた。
目の前で仲間割れをしていたはずの豊臣の不良たちが、ある合図を境に、一糸乱れぬ統制を取り戻したのだ。
「おい、こいつら……さっきまで殴り合ってたんじゃねえのか!?」
家久が叫ぶ。
行く手を阻むように現れたのは、巨大なコンクリートミキサー車と、大型ダンプの列。それらが根白坂の狭い道路を完全に物理遮断し、島津の退路と進路を塞ぐ。
まさに、官兵衛が得意とする「水攻め(物理的完全封鎖)」。
島津の百数十人は、四方を鉄の車壁と、数千人の豊臣軍に完全に囲まれてしまった。
「ここまで、手の平の上だったというわけか……」
義久が、ついに観念したように息を吐く。島津の「釣り野伏せ」をも遥かに上回る、天才・官兵衛による完璧な「詰将棋」だった。
鉄の包囲網の中心。満身創痍の義弘の前に、一人の男がゆっくりと歩み出てきた。
派手な金の刺繍が入った特攻服を肩に羽織り、多数の兵を従えながらも、どこか人懐っこい笑みを浮かべる小柄な男。
全国最大の不良グループ総長――「天下人・秀吉」。
「やぁ、薩摩の狂犬ども。ずいぶんと派手に暴れてくれたね」
秀吉は義弘の目の前で立ち止まると、一切の武器を持たずに両手を広げた。
「これ以上やっても、大事な仲間が全員病院送りになるだけだ。どうだ? 島津の看板はそのままでいい。だから、俺の『弟(ファミリー)』になれよ」
圧倒的な絶望を突きつけた後に差し出される、あまりにも巨大な救いの手。これこそが、秀吉という男の底知れないカリスマだった。
義弘はボロボロの拳を握り締め、背後の兄・義久を見た。義久は静かに首を振る。もはや意地を張る局面は終わったのだ。
「……チッ。天下の豊臣ってのは、頭脳も器も、バケモノ揃いってわけか」
義弘は鉄パイプを地面に投げ捨て、不敵に笑った。
「上等だ。秀吉……テメェの軍門に降ってやる。だが、いつかその首、俺の拳でブチ抜く日まで、精々テッペンで踏ん張ってろよ」
こうして、九州を舞台にした不良戦争は、官兵衛の冷徹な知略と、秀吉の圧倒的なカリスマによって幕を閉じた。
しかし、島津も大友も、そして龍造寺も、その牙を完全に失ったわけではない。
彼らは豊臣という巨大な傘の下で、次なる「天下分け目の大喧嘩」の機会を、じっとうかがうのであった。
『九州喧嘩三国志』――完。
