九州喧嘩三国志 4
「――島津も、大友も、ここまでか」
義弘と宗茂が背中を合わせ、押し寄せる「豊臣連合」の圧倒的な兵隊を殴り倒していたその頃。
佐賀の闇に包まれた廃ビルの一室で、一台のスマートフォンを見つめる男がいた。
第四章:佐賀の化け猫
その男の名は、龍造寺学園の副総長・直茂。
沖田畷で総長・隆信が敗北して以来、表舞台から姿を消していた龍造寺の冷徹な知恵袋だ。
彼の足元には、全身血まみれで転がる豊臣連合のスカウト(情報兵)が数人、転がっていた。
「なるほど。秀吉の動員力は、確かに俺たちの想像を超えている。このままでは、九州の不良界はすべて奴らの色に塗り潰されるな」
直茂は闇の中で、トレードマークである不気味な細い目をさらに細めた。
「……だが。タダで降るなど、龍造寺のプライドが許さん。島津の狂犬どもには、まだ死んでもらうわけにはいかない」
直茂の背後から、影のように現れた男たちがいた。かつて隆信の鉄砲玉として恐れられた、龍造寺の残党たち――通称「モンスターキャット(化け猫)」。彼らはタイマンの美学など持たない。闇討ち、情報戦、搦め手、勝つためなら悪魔にでも魂を売る、本物の裏社会ヤンキーたちだ。
「行くぞ。島津に特大の『貸し』を作ってやる」
時を同じくして、宮崎の根白坂。
島津高校の本隊は、かつてない絶望の淵に立たされていた。
豊臣連合の本隊、その数、数千。
島津の総長・義久が率いる本隊は、豊臣の圧倒的な物量と、副総長・秀長率いる組織的な包囲網の前に、完全に退路を断たれていた。
「チェストォォォッ!!」
前線では、コンテナ埠頭から命からがら合流した義弘が、ボロボロの身体で鉄パイプを振り回している。しかし、倒しても倒しても、制服の異なる豊臣の兵隊が湧き出てくる。
「ハッ、薩摩の田舎ヤンキーが。気合いだけで中央の組織力に勝てると思うなよ」
豊臣の幹部たちが冷笑しながら、鉄製の警棒を手に島津の包緯網を狭めていく。
特攻隊の歳久と家久も、連日の連戦で拳の皮が剥け、息を切らせていた。
「ここまで、か……」
義久が煙草を地面に落とし、最後の手を打とうとした、その瞬間だった。
ジリリリリッ!!!
豊臣の包囲網の、まさに『中央指揮トラック』の周囲で、凄まじい爆音のクラクションと、煙幕弾が炸裂した。
「な、なんだッ!? どこからの奇襲だ!?」
混乱する豊臣連合。煙幕の中から現れたのは、黒い特攻服に身を包み、金属バットとスタンガンを手にした、龍造寺学園の生き残りたちだった。
「島津の皆さーん、ずいぶんと無様に囲まれていますね」
煙の中から、拡声器を持った直茂が、不敵な笑みを浮かべて歩み出てきた。
「直茂……! なぜテメェがここにいる!?」
義弘が血を吐きながら睨みつける。
「勘違いしないでいただきたい。あなた方を助けに来たわけではない。ただ……豊臣の思い通りになるのが、反吐が出るほど気に入らないだけです」
直茂が指をパチンと鳴らす。
次の瞬間、豊臣の指揮トラックのスピーカーから、大音量である音声が流れ始めた。それは、豊臣連合の幹部たちが、裏で本州の別の組織と繋がっている『裏切り』の録音データ、そして豊臣の進軍ルートの「完全なネタばらし」の無線音声だった。
直茂は事前に、豊臣の通信網を完全にハッキングし、内部分裂の種を仕込んでいたのだ。
「な、何だと……!? 俺たちのルートがなぜバレてる! 誰が裏切った!?」
直茂が流した偽情報と本物の暴露により、数千人の豊臣軍は大パニックに陥り、互いに疑心暗鬼になって殴り合いを始めた。完璧だった豊臣の包囲網が、直茂の「情報の一撃」だけで、内側から崩壊していく。
「――島津の狂犬ども。道は開いてやりましたよ」
直茂が冷たく言い放つ。
義久はその言葉を聞き逃さなかった。落ちていた煙草を踏み消し、鋭い眼光で前方を指差す。
「全軍、突撃ぃぃぃッ! 総大将(秀吉)の首だけを狙えッ!!」
「チェストォォォォォッ!!!」
生き返った義弘が、混乱する豊臣の軍勢を文字通り叩き割りながら、直茂が開いた一本の道を爆走していく。
その狂暴な背中を見送りながら、直茂は闇に消えていく。
(せいぜい暴れてきなさい、島津。あなた方が豊臣の体力を削れば削るほど、我が龍造寺が再び九州の闇に君臨する日が近くなる……)
