牙を授かりし者たちの詩:イワンの亡霊編 第7章
【第7章】光学迷彩
「だから本店は嫌いなんですよ……
いつもこっちの実情なんかお構い無しなくせに……」
佐嶋は人のいない捜査一課のブラインドを捲り、外を眺めながら呟いていた。
優斗は、佐嶋の取り調べになっていない取り調べ中、21時頃、突然釈放された。
取り調べ中に公安警察本部から佐嶋へ直々に電話が入り、釈放が決まった。
佳央莉が裏で手を回したことが、時間は少しかかったが効いたようだ。
「まあ……報酬分の”仕事”は出来ましたかね。
出世の見込みもない地方警部の秘密のバイトくらい、大目に見てもらわないと
やってられませんからねぇ」
スマホを片手に、ネットバンクの残高を確認しながら佐嶋はニタリと笑った。
「しかし……あの神代って坊やは何者なんですかね。本店動かすなんて普通は
出来ないはずなのに……」
──
「さて、行くか」
『はい!早く帰りましょう!』
「え、帰るんじゃなくて現場見に行くんだよ」
『ええぇぇぇ……』
義体を起動し、署からタバコを吸いながら出てきた優斗を見つけ、夜桜は大喜びしていたが、
まだ帰らないという優斗の言葉を聞いて、へそを曲げてしまった。
『信じられないですっ!普通は一旦4課に戻りますよっ!佳央莉さんだって
心配してるというのに……それからっ!歩きタバコはダメなんですからねっ!』
夜桜の抗議とお叱りを完全に無視した優斗は、事務的に夜桜に告げる。
「はいはい。それよりこっちに来た目的を忘れたのか。さっさと新潟港に向かうぞ。
早くクラウンこっちに回して」
『ふえぇぇぇ……早く帰りたいですぅ……』
しばらくしてから、タイヤのスキール音を控えめに立てたクラウンが、優斗たちの前に
滑り込んできた。
『あ、あの……優斗さん?』
「ん?なんだ、早く行くぞ」
『えーと……なんか気温低いじゃないですかー。私の活動に支障が出ると思うんですよね。
だから……その……明日になってからでも──』
「まだ最終電車間に合うな。ここの署員に駅まで送ってもらうといいぞ」
何とかして優斗を東京へ向かわせたかった夜桜は、最後の手の”泣き落とし”を使ってみたが
全く効果がなかった。
『──優斗さんの……
あほおぉぉぉ!』
──
クラウンはゆっくりと走り出した。
夜桜はずっと拗ねたまま窓の外の流れ行く景色を見ている
──ように見えたが
夜桜の目に映っているのは、助手席ガラスに映り込む優斗の横顔だった。
それを知ってか知らずか、優斗は優しく夜桜に語りかけるように言った。
「エアコン少し温度高めにしといたからな。
あと……港向かう前に天然水買ってくか」
急に優しい言葉をかけてもらった夜桜は、不意打ちを食らったような顔のまま
優斗の方へ向き直った。
そして、少し俯きながら微笑み、
『……はい。お願いします……』
──
通りすがりにコンビニを見つけた優斗たちに、佳央莉から通信が入る。
「優斗くんお疲れ様、何とか出られたみたいね。もう、いちゃつきは終わったのー?」
「はあ、何の話か分かんないですが、お疲れ様です」
『い、い、いちゃついてませんからっ!』
「あんまりやってると夜桜がオーバーヒートしちゃうから、ほどほどにね(笑)
さて……
例の映像なんだけど、強制消去した跡があったけど、可能な限り復元してみたのね。
でも、完全には出来なかった。出来るところまでは画像解析してみたけど──
やっぱり姿が全く映ってなかったわ。」
クラウンをコンビニの駐車場に滑り込ませてから、優斗は佳央莉の報告を聞いていた。
「それって……結局どういうことですか?」
「おそらくだけど……光学迷彩ね」
「え!?それはまた、厄介なことに……」
「でしょ?だからちょっと突貫だけど、対抗できるものを作ってるわよ」
「さすが佳央莉さん!」
「こっち戻ってきたとき見せてあげるから、気を付けて戻って来てね。
あと、優斗くん用の新しい装備もあるわよ」
「そうですか!分かりました、港を一回調べてから東京に戻ります」
『いちゃついてませんからっ!』
──
コンビニで買い物を済ませた優斗たちは、再び新潟港へ向かった。
「着くころにはちょうど22時くらいか……今日は早めに引き上げるか」
『そうですね。こう暗いと実際、捜査も進められないですし』
「まあ、今日は下調べでいい。夜桜は中で待っててもいいぞ」
『いえ!大丈夫です!一緒に行きますよっ!』
「そっか。じゃあライト頼むな」
『了解ですっ!』
第7章 完
