牙を授かりし者たちの詩:イワンの亡霊編 第6章
【第6章】雪
雪──
いつ見ても雪は冷たく美しい。
雪は全てを覆い尽くす。
美しい物も、そして……
思い出したくない記憶の底にあるものも。
あの日も、こんな雪の日だった。
私とドミトローは普通の家庭に生まれ育った。
父と母も優しい、ごく普通の両親だった。
そんなある日、“奴ら”によって突然、私たち家族は壊された。
教会に行く途中の父と母は、そのまま還らぬ人となった。
家は火に包まれ、焼け残った柱も、やがて雪に呑まれていった。
私とドミトローにできたのは、ただそれを見ていることだけだった。
それから私とドミトローは、隣町の教会に引き取られた。
神父様はとても慈悲深く、優しい方だった。
私もドミトローも暖かく迎え入れてもらった。
神父様のおかげで私は神を信仰するようになった。
両親がなぜ神を信仰していたのか、何となくだが理解できた気がしていた。
ドミトローのためにも両親と家が無くなったことは表には出さないようにしていたが、
やはりショックが強すぎて、ドミトローは信仰どころではなかったのは仕方がない。
ドミトローは口数がものすごく減ってしまった。
夜になると、眠れずに泣いていることが多かった。
私にすら、あまり笑いかけてくれなくなった。
そんなドミトローに私は何もしてやれなかった。
それでも、ドミトローはいつも、
「兄さん、気にしないで。兄さんが悪いんじゃない」
と、私を気遣ってくれていた。
自分の無力さを痛いほど思い知らされ、私の信仰は日に日に深くなっていった。
同じような境遇の教会の子供たちとはすぐに打ち解け、それなりに楽しい日々を
過ごしていた。
ドミトローも他の子どもたちと一緒の時は、少しだけ楽しそうにしていた。
だが──
また、“奴ら”は私たちの平和と安寧を奪いにやってきた。
教会は私たちの家と同じように火に包まれた。
子供たちの中には、教会と共に火に包まれた者もいた。
そして──
神父様は私とドミトローの盾となって守ってくれながら……
銃弾の雨に倒れていった。
背中から飛び散る赤い血の記憶は、今も鮮明に残っている。
神父様は最後の力を振り絞り、
「神は……あなたたちを……見捨てない……」
と言い残し、旅立ってしまった。
なぜ……
なぜいつも私の大切なものは奪われてしまうのだろう。
倒れ行く神父様と灰になっていく教会を見つめながら、私は改めて強く思った。
「力がなければ生きていけない」
そして──
神に赦しを乞いながら誓った。
「私の行く手を阻む者は全て力で捻じ伏せる」
私はまだ幼いドミトローの保護を条件に、“奴ら”の軍へ入隊した。
なぜ我が祖国と奴らの国が争っているのか、この時の私には理解が及ばなかった。
しかし、今は……“奴ら”は土地が欲しいだけだったと分かり、怒りに震えた。
そんな事のために家族は引き裂かれ、教会が焼かれたのかと思うと、恨みと怒り以外の
感情は湧いてこなかった。
ただ、私には守るべき者が一人だけ残されていた。
ドミトローだ。
私は自分の感情を捨て去り、忠誠を誓うふりをする必要があった。
ドミトローだけでも守り通すために。
最初から私は人間として扱われていなかった。
だからこそ、誰よりも強くなろうと決めていた。
強くなり、全てを捻じ伏せてやるつもりだった。
しかし、その守るべきドミトローすら──
私は守れなかった。
期間限定で派遣されたあの男、「神代優斗」さえいなければ……。
それからすぐ、目的を失い、恨みだけが残った私は、
ある任務で普段ではあり得ない失態を犯してしまった。
死線を彷徨うことになった私は、“奴ら”にとって格好の実験台だった。
誰よりも強くなることは出来たが……ただそれだけだった。
何も変えることは出来なかった。
挙句の果てが、“奴ら”の実験材料だ。
気が付けば全身を義体化されていた。
脳だけはそのまま義体に移植されたため、記憶も思考も以前と変わらない。
神への信仰も忘れたことは無い。
もはや私に残された物は、偽りの忠誠心とクソのような任務、そして……
我が弟、ドミトローを見殺しにした神代優斗への復讐心だけだった。
まずはドミトローのために神代優斗を冥府へ送りつける。
それから、“奴ら”への復讐を始めることにした。
都合が良い事に、日本での工作員任務の密命が私に下った。
この機会を逃す手は無い……。
──ふと、目を開ける。
外は雪が舞い散っていた。
どこで見ても雪は美しい。
きっとこの国の雪も、我が祖国の雪も同じ美しさだろう。
しかし──
あの日と同じく……
この国の雪も赤く染まることになるだろう。
第6章 完
