異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第20話

第20話 旅エルフの災難<6>

−−カスニタ町にある森

坂を降りる途中では全体がよく見えなかったが、奥に向かって長く伸びていてかなり大きい。木々はどれも幹が太く、枝葉が空を覆い尽くす様に交差している。昼だというのに森の中は薄暗く、外の喧噪が嘘の様に静まり返っていた。足元の土は湿っており、踏みしめるたびにわずかに沈む。木の根が複雑に張り巡らされ、場所によっては苔が一面を覆っていた。

「こんな所で薬草の栽培なんかできるのか?」

「こういう環境の方が都合がいい場合もあるだろ。湿度も光も安定してるし」

そんな中、ナスティアだけはしゃいでいる。

「凄ーい。こんな町中に自然な森があるなんて」

「本当に狙われてるって自覚あるんだろうな?」

「そりゃ森エルフなんだからはしゃぐのも分かるさ。地元に帰った様な感覚だろ」

弘也はしゃがみ込み、掌で土をすくって指の間にこすりつけた。

「粒が細かい。腐葉土が多いな。悪くない土だ」

「地図だとあの辺りだけど・・・」

和司がマヤから受け取った地図を開いて、森の奥の一点を指した。

「俺が先に行く。後から付いてきてくれ」

「じゃあ私も」

「ナスティア、少し待て」

「何で?」

「ヒロに足痕《げそこん》の採取をさせたいんだよ。マル害・・・直近で被害者がここを通ったかどうか調べさせるんだ」

「ふぅん」

弘也はスマホの定規アプリで足跡を計り、撮影した画像と見比べながら歩を進めていく。時には側の草を抜いて、枝で自分の足跡と深さを確かめながら。

「あれ何やってんの?」

「足跡の大きさから体重を推測して、この土にどの位沈むのかを調べてるんだ。検視の時に靴裏の写真を撮ったから足跡の形も大体分かるしな」

薬草畑の畑までたどり着いたところで草を捨てた。

「大丈夫だ。マル害は確かにここを通っているけど、昨夜じゃない。少なくとも2〜3週間は経過してる」

湿った空気の中、三人の靴が地面を歩く音だけがわずかに響く。昼だというのに森の奥にはまだ薄い霧が漂っていた。

「じゃあこの辺調べるから見張り立ってくれ」

「俺は上の方を見てるから、ナスティアは下を見てろ」

「守られるの私よ。何で見張りやんなきゃいけないのよ」

「お前が見てるだけでストーカー男は下手な事ができない」

「襲い掛かってきたらどうするのよ?」

「その時は大きな足音がするから俺達がどうにかするさ」

「投擲ナイフの方は?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「俺とヒロの間にいろ。ただし下は見張っておけよ」

「分かってるよ」

ナスティアは不満げに唇を尖らせながらも、視線を落として地面を見回した。和司は斜面を少し登った所で立ち止まって森の奥を見つめた。弘也と向かい合っているナスティアは後ろを振り返って和司の方に目をやった。

「ねぇヒロ、あの人大丈夫?ずっと突っ立ってるだけだけど」

「周りに気取られない様にしてるんだ。目だけは常に周囲を目で追ってる」

「何であんなの信用してるのよ?」

「気付かないか?あいつ、今凄い集中力を発揮してる」

「そうは見えないけど・・・」

しばらくの間、沈黙が続く。弘也は栽培されている薬草を一つ一つ観察しながら種類がどの位あるのかを確かめている。枝葉が風に流され、鳥達のさえずりだけが辺りを柔らかく包みこんでいた。その時、ナスティアは何かを嗅ぎ取った。

「風の精霊の匂い?」

「!」

和司は感じた。森の奥の方で自然の物とは思えない違和感を。次の瞬間、金属が空気を裂く音と共に投擲ナイフが飛んできた。

「危ないっ!」

和司は反射的に地を蹴り、ナスティアと弘也に覆いかぶさる様に飛び込んだ。三人の所に飛んできたのが一本。他の数本は大きく軌道を外れ、周囲の木々に突き刺さる。弘也は和司を受け止めると、すぐに上の方に視線を移した。

「次は・・・来なさそうだな。カズ、もういいぞ」

弘也の言葉に和司は言葉を発さずに首だけ縦に振って立ち上がろうとしているが、歯を食いしばっている様に見える。和司の脇から出てきたナスティアは悲鳴を挙げた。

「ちょっと!刺さってる!あなた背中に刺さってる!」

「え?」

弘也が和司を支えながら背中を見ると投擲ナイフが背中に深々と刺さっている。

「こんなのかすり傷だ」

「そんなわけないでしょ!ちょっと待ってて!」

ナスティアはポーチから小瓶を出した。

「ちょっと痛いけどガマンしてね!」

ナスティアが投擲ナイフに触れようとした時、和司は背中を外らせた。

「待てナスティア・・・。ヒロに抜かせろ」

「こんな時に何言ってんの!」

「大事な証拠品だ・・・。下手に指紋付けるな・・・」

「よし、カズ。行くぞ」

弘也は投擲ナイフにハンカチを巻いて引き抜いた。”ぐっ”という和司のうめき声が漏れたが、ナスティアはすぐに瓶の口を開けて傷口に流し込んだ。傷がみるみるうちに塞がっていく。ただし、服だけは裂けたままだが。

「ごめんなさい・・・私あなたの事をずっと・・・ずっと・・・クズだって思ってて・・・」

「クズじゃない・・・カズだ・・・」

「あんたバカだよ。バカズだよ!」

「ひどい言い様だな」

「カズが盾にならなかったら危ないところだった。ナスティア、さっき風の精霊とか言ってたな。あれはどういう意味だ?」

「うん、風の精霊が動いた気配があった。多分、この投擲ナイフは風の魔法で飛んだんだと思う」

弘也は周囲の木々に刺さった投擲ナイフも引き抜いた。

「裏道で遭遇した時の投げ方とは全然違うな。こいつの指紋も採取して、最初に襲撃してきた奴と同一人物か割り出そう」

「他にもまだいるって言うの?勘弁してよ」

「それを調べるのが俺達の役目だ」

「念の為、周囲の足痕《げそこん》が残ってないか調べてみよう。後は・・・」

弘也は植えてある薬草を一通り見回した。

「この薬草をどうやって鑑定するか、なんだけど」

「簡単な事さ」

和司は薬草の根っこを掴んで引き抜いた。

「マル害の自宅に現物持ってけばいいんだよ」

「そりゃそうだが、もう少し丁寧に扱えよ」

弘也はぼやきながらも葉の色や茎の太さを確かめながら、種類ごとに丁寧に引き抜いて布袋へと詰めていった。最後の一株を抜くと、手に付いた土を払って振り返った。

「ナスティア、これ持って待ってろ」

「え?何で?」

「俺達はこれから足痕《げそこん》の採取で左右に散らばる。しばらくは襲撃されないだろう。ここで待ってろ」

「嫌よ、私も行く」

「どっちに?」

「・・・カズの方」

「一気に株が上がったな」

霧が少しずつ濃くなり、遠くの木々の輪郭が霞んでいく。和司とナスティア、弘也は薬草の栽培地から左右に別れた。