牙を授かりし者たちの詩:イワンの亡霊編 第5章
【第5章】探り合い
「神代さん、起きてますかー?」
7時50分、汗で濡れたTシャツを着替えている時に佐嶋が仮眠室の
扉をノックする。
「はい、どうぞ」
「いや、どうもどうも、おはようございます」
佐嶋は相変わらず張り付けたような笑顔で部屋に入ってきた。
「昨夜はよく寝れましたかな?寝れなかったら他の部屋を用意させますよ」
「いえ、大丈夫です」
「まあ、しっかり睡眠を取ってもらって取り調べに協力してもらわないと
いけないですから。遠慮は無用ですよ」
「はあ……それより早く返してほしいですけどね」
「まあまあ、とりあえずまだ朝早い。朝飯でもご一緒にいかがですかな?
ここの米は最高ですよ!きっと気に入ってもらえますから」
「あの……まだ取り調べはやらないんですか?」
「いやいやいや、そんな慌てなくても、ねぇ」
何かはっきりしない佐嶋の態度に違和感を覚えた優斗は苛立ちを隠せなかった。
「……佐嶋さん、俺は時間が惜しいんです。やるなら早くやってくれませんか?
まあ、俺はやってない事をやったとは言えませんが」
「……まあ、そんな苛立たなくても……
朝食はここに持ってこさせましょうか。食べ終わる頃にまた来ますよ」
「……早くお願いします」
「わかりました、それではまた後ほど……」
佐嶋はそそくさと部屋を出ていった。なにか釈然としないものを感じる。
と思った時、佐嶋はまた顔を出してきた。
「そうそう、神代さん、朝はお茶ですか?それともまたコーヒーですかな。
どっちにしろ安物ですがね、ここのは」
「どっちでもいいです!」
「分かりました分かりました。それではまた後ほど……」
優斗はため息をつき、タバコに火を点けながら夜桜との同期をオンにした。
「ふぅ……
夜桜、聞こえるか?」
『優斗さん!おはようございますー!』
アバターモードの夜桜が右目の端でひらひら舞い始めた。
「昨日の画像の件、どうなってる?」
『えっと、肝心なところは意図的に消されてたみたいです……
佳央梨さんが復元してたんですけど、無理っぽいかなって言ってました……』
夜桜は悲しそうな顔で報告を続ける。
『あと、優斗さんのUSPは届け出が一丁だけなので、そのことは昨日の夜、
署宛てに連絡してます。
あとは新潟に向かう前日の夜のクラウンの映像も送りました。
クラウンが移動するシーンはないので証拠になるかなと。
まだ回答はないんですけど……』
「まあ、任意同行だから出ようと思えば出られないことはないんだけどね……」
『!?じゃあ、さっさとそんなところ──』
「そんなことしたら新潟にいる間、ずっと張り付かれるだろ。相手はあのセルゲイだ。
戦闘になったら、こっちの警察関係者にまで被害が出るかもしれない。
きっちり俺は潔白だって認めさせないと危ないからね」
『なんか面倒です……』
「本当に被害者なんか出したら、今度は難癖つけて逮捕に切り替えられる可能性も
あるからね。
そうなったら東京に帰るのがいつになるか分からなくなる」
『私が証言したいくらいなんですけど、AIが義体で証言しても証拠にはならないって……』
夜桜は頬を膨らませ不服そうな顔をしながら、相変わらず右目の前をひらひら舞っている。
「なんだか……四面楚歌って感じか?」
優斗の愚痴を夜桜は軽く受け止める。同調してしまうと気分が沈むことは分かっていた。
『だいじょーぶです!優斗さんと佳央梨さんがいるなら4課は無敵ですから!』
夜桜は両腕でガッツポーズを作ってみせる。現状、4課に協力者はいないことは
知っていた。
敵の敵は味方の理論でJSAが味方のポジションだったが、真壁のアジト爆発事件で
佳央梨がJSA隊員を失ってしまう失態を演じてしまったため、今後本格的な協力関係は
難しいだろう。
査問員会で未だに突っつかれていることもあり、優斗もそのことは十分理解していた。
「そうだな(笑)
俺は取り調べされてくるから、引き続き証拠探しお願いしますって佳央梨さんに
伝えておいてくれ」
『りょーかいです!』
──
捜査一課
佐嶋は課の部屋に戻り、資料を眺めていた。
そこへ警官が一人、敬礼をしながら部屋に入ってくる。
「佐嶋警部、昨日のタタキの件ですが……」
「そんなのそっちでやっててくれないかな。私、今忙しいんでね」
「は、はぁ……分かりました」
報告に来た警官を無碍に突っ返した。
「これだから地方の署は嫌なんですよ……
なんでもかんでも一課だけで捜査出来るわけねーでしょうが」
窓の外に視線をくれながら佐嶋は思案顔を続けていた。
「しかしまぁ……一度引き受けちまったもんは仕方ないな。
──まだ引っ張っておきますか」
佐嶋は左手にしている優斗の資料を改めて読みながら小さく呟いた。
──
「……分かった、22時だな。場所はいつものところでいいんだな?」
セルゲイはあるホテルの一室にいた。
右腕に装着してあるスペツナズナイフを撫でながら、セルゲイは冷めきった笑いを
浮かべる。
「花火を打ち上げるのは、やはり自らの手に限るな……
貴様の大事なものを守ってみせてみろ……私を止められるか、神代」
第5章 完