異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第16話
第16話 旅エルフの災難<2>
午前の光に包まれた石畳を三人は並んで歩いていた。時々後ろを振り返ってみるが、あの男は距離を取って追ってきている。
「尾行を振り切った事はあるのか?」
「何回かやってみたけど、私の居場所を必ず探し出すのよ」
「大した嗅覚だな。別の事に使えばいい職に付けるだろうに」
「全くだ」
と思ってはみた物の、何かの職に就きそうな人物にも見えないのだが。
「ところで君の名前。本名じゃないな?」
「え?何で分かったの?」
「あまりにエルフらしさを感じない。人間・・・人族っぽい名前に聞こえる」
「エルフらしさって何だよ?」
「そりゃ旅をしてると名前を言わないといけない時ってあるでしょ。けど、エルフの名前は人族の耳や言葉では表現できないのよ」
「試しに言ってみて」
じゃあ、とナスティアは息を吸い込んだ。
「ナスチャァ・ギャフベロハ・ブジョヴァルトニクァ・ベバハバァ・シュルゥヴェリャァ(人の耳でかろうじて聞こえた言葉を文字にするとこうなる)」
「・・・・・・何て?」
「ほら、言わんこっちゃない」
「じゃあナスティアで呼ぶよ」
「うん、そうして。・・・ところでどこまで行くのよ?結構歩いたんじゃないの?」
「そうだな。隣の町だからもう少しかかるかも」
「え?そんなに遠いの?」
「旅エルフなら歩き慣れてるだろ」
「休憩しようと思ってこの街に入ったばかりなのにぃ〜」
「ストーカーに狙われてるって自覚なさすぎだろ」
あの男は未だ見えるか見えないかの場所に隠れながら付いてきている。男二人が囲んでいるから、手を出せずにいるのか、あるいは大胆な手口に出るか。今は推移を見守るしかないか。
−−クリエスタ町、変死体発見現場
場所は道の行き止まり。人通りも少なく、ゴミ捨て場として使われているよう様な裏通り。あまり人が来る様な場所には見えない。周囲で様子を見守る住民達の間をぬって中に入るなり、和司と弘也はポケットから出した白手をはめた。その横で膝を折ったナスティアは涙を流しながら両手を胸の前で交差させた。
「森の妖精達よ、この者に祝福を」
「今のは?」
「お祈り。子供でもできる簡単な物だよ」
「知り合いだったのか?」
「うぅん、初めて見る人」
「じゃあ何で泣くんだよ?」
「私達エルフはね、どこの出身でも出会えば絆が生まれるの。この人も私にとって大切な人。それがこんな形で出会うなんて・・・」
「・・・悪かった」
「いいよ。人族とエルフ族では捉え方が違うんだから」
「じゃあ君はちょっと離れててくれ。これから微物採取するから」
「ビブツサイシュ?」
「ご遺体の周囲に何か落ちてないか探すんだよ。髪の毛一本でも何かの証拠になるかもしれないからな。下手に他人の物を落とすわけにいかないからな」
一列に並んだ和司と弘也はスマホのライトを当てながら、地面に顔が付くか付かないかの位置で地面を睨んでいく。
「私も手伝うよ」
ナスティアもしゃがんで地面を睨み始めた。
「いや、こういう事は・・・」
「エルフ族の目は人族よりずっといいのよ。100m先の獲物だって見えるんだから」
「じゃあカズの横に並んでくれ」
「ヒロ、お前なぁ」
「人手は多い方がいい。彼女が言う事が本当ならそれこそありがたい話だし」
「それはそうと、何で一列に並ぶのよ?好きな所でいいじゃない」
「こうする事で見落とした場所がない様にしてるんだ」
「ふぅ〜ん、・・・あれ?」
ナスティアが早速何か見付けたらしい。細長い何かをつまみ上げていた。
「何だろう?髪の毛?」
「黒い毛髪に見えるが・・・」
弘也はポケットから小さなポリ袋を取り出して口を開けた。
「この中に入れてくれ」
「ん」
採取を続けていったのだが、他に見付かったのは砂利位。念の為この周辺の物と同じかどうか比較の為に採取しておいた。それが終わると黄色いカーペットを遺体の側に敷いた。
「じゃあ始めようか」
和司と弘也はしゃがんで両手を合わせた。
「それは何をやってるの?」
「これは死者に敬意を払う・・・、俺達流の祈り、かな」
「珍しいやり方ね。そんなの見た事ないよ」
「多分この世界では俺達しかやらないだろうな」
弘也はスマホの定規アプリを開いた。
「性別、男性。背部を地面に接した背臥位。頭部、南東方向、脚部、北西方向の仰向け。壁面を背にした状態で倒れたんだろう。頭部から壁面までの距離、342cm。着衣に乱れあり。顔の左頬に打撲痕。殴られでもしたのか?瞳孔径、5mm」
弘也は次に遺体の目を開いてスマホのライトを当てた。
「角膜が完全に白濁していない。虹彩の縁にかすかな金緑色の反射が残っており、人族よりも明度が高い。被害者は人族ではなく、エルフ族の可能性が高いな・・・。よし、じゃあ脱がすぞ。手伝ってくれ」
和司と弘也が二人がかりで衣服を脱がした後、胸の血痕を拭き取った。
「上胸中央に刺傷。切り口は4cm。周りに抉れや擦れはない、きれいな痕だ。鋭利な刃物で刺されたと見ていい。前腕に防御創。背面に外傷はなく、他に目立った外傷は認められず。死後硬直は下肢にまで及び、背面には死斑が確認できる」
「ヒロ、お前の見立ては?」
立ち上がった弘也はあごに手を当てた。
「総合的に判断すると、これは他殺だ。死亡推定時刻は昨夜23時から午前1時までの間。胸部の刺傷が背面まで貫通していない事から、成傷器は長剣じゃなく、短剣の可能性が高い」
「さて、これからどうする?手分けして聞き込みしたいが、彼女の警護もあるしな」
ナスティアは弘也の腕をつかんだ。
「じゃあ私、こっちの人に付いてくよ」
「え?何で?」
和司の問いにナスティアは両手を腰に当てた。
「人の胸がどうとか、ケツがどうとか言ってる人と一緒にいる方が危険でしょ」
「あ、聞こえてたのね」
「うん」
「まぁまぁ二人共。じゃあ俺はナスティアを連れて周辺住民の聞き込みに回る」
「俺は第一発見者から話を聞いてみる。クエストの依頼主と見ていいだろう」
「集合はフォンストリートでいいな?」
「了解だ」
三人は現場から離れ、それぞれが通りへと歩き出した。路地を抜けると空は晴れ、太陽の光が登り、町の屋根を照らしていた。