牙を授かりし者たちの詩:イワンの亡霊編 第3章

【第3章】予兆

新潟市中央区
14時50分

優斗は新潟港へクラウンを走らせていた。

『──なんで新潟なんですか?』

助手席の夜桜が不思議そうに尋ねる。

「新潟港や富山港はロシア経由で色々やばいものが密輸によく使われるんだ。
さすがに複数箇所を吹っ飛ばす量は簡単に飛行機じゃ持ち運べない。
となると……奴は荷物を受け取りに港に現れる」

優斗はハンドルを握っている手に力を込めた。

「そして──必ず東京に来る」

『ほぇー……でも、新潟港に来るって決まってるんですか?
これが富山港だったら新潟港から車移動で3時間はかかりますけど……』

「──セルゲイは無駄を嫌う。徹底して、ね。
本物の軍人だから合理、効率が優先。回り道はしない……必要なら、真っ直ぐに、確実に来る」

夜桜の無邪気な質問に、優斗は口元に不敵な笑みを浮かべた。
目は笑っていない。

「勘だよ……俺のね」

──

新潟市中央区
14時50分

セルゲイは古町通8番町の通り沿いを歩いていた。
街の空気は生ぬるく、日差しが微妙に傾き始めている。

シャッターが下りたままの店舗が並ぶこの通りに、人影はほとんどない。

セルゲイはゆっくりと歩きながら、街角に設置された緑色の金属キャビネットの前で
立ち止まる。

まず、街頭カメラの位置を確認する。
そして周囲をもう一度軽く見渡すと、さりげなくしゃがみ込んだ。

右手の指先── 義体皮膚が音もなくスライドし、2本の極細プローブが現れる。
プローブが鍵穴に接触した瞬間、 セルゲイの義体が微弱な電流を送り込む。

──内部回路を読み取り、0.4秒後。 カチリ、という乾いた音が控えめに響き、
ロックが解除された。

キャビネットの扉が静かに開く。

中には配電装置と機器収納スペース──
その隙間に、スーツケースに包まれながら持参したタイマー起爆型が ちょうどよく
収まる構造だった。

建物側の壁に向けて指向性を持たせたスーツケース型のタイマー爆弾をそっと押し込むと
確認するように一瞥し、タイマーを設定した。

一瞬口角が上がったが、すぐさま無表情に戻る。
セルゲイは静かに蓋を閉め、ロックを再装填した。

先程確認しておいた街頭カメラの下に移動し、カメラを固定している鉄柱に手を当てる。
10秒程で手を放し、何事もなかったように

「早く東京に戻れるといいな……神代」

セルゲイは小さく呟くと午後の日差しの中に消えていった。

──これから十分後に起きる爆発の“予兆”に、気づく者は誰もいない。

──

北陸道・黒崎IC付近

「優斗くん、そっちで爆破事件発生よ!」

「え!どこですか!?」

「古町通8番町通り沿い」

「ありがとうございます!」

専用デバイスに佳央莉からの通信が入る。

「クソッ……やられた」

『私も情報キャッチしました。爆破ですね。』

夜桜の目が青く輝いている。探知モードに切り替わっていた。

「間違いない、セルゲイだ……行き先変更、古町通8番町だ。
夜桜、運転頼む!」

『了解です!あいはぶこんとろーる!』

クラウンは夜桜の運転するAIモードに移行される。

「勘は当たったが……一足遅かったか……セルゲイめ……!」

──

古町通8番町
15時25分

「どうやら15時ちょうどに爆発するようになってたようですわ」

現場へ駆けつけた優斗と夜桜は、すでに現場に来ていた地元警官達から話を聞く。

「歩道のクロスボックスに爆発物が仕掛けられてたようです。
半年ほど前から空きになっている店舗が綺麗に吹き飛びましたわ。
ケガ人は自転車に乗った蕎麦屋の出前持ちがすっ転んだくらいで済んでます」

「それはよかった……」

「この辺りは歓楽街でして、まだ店が開く前の、早い時間だったのが幸いでしたね」

優斗は現場の痕跡に目を凝らす。

──爆心地の位置、破片の散らばり方、焼けた壁……何かが違う。

優斗は爆破現場周辺を調べ始めた。

「佳央莉さん、今、俺がいるあたりのカメラ映像って何かありそうですか?」

「ちょっと待ってて。調べてみる」

専用デバイス越しに佳央莉に映像調査を依頼してから、夜桜に指示を出す。

「夜桜、何でもいい。分かったことがあったら、すぐ教えてくれ」

『りょーかいです!』

そう答えると、再び夜桜の目の色が青く輝き始めた。
解析モードに変わる。

『──優斗さん、特に新しい情報は無さそうです。
分かったことと言えば……
おそらく、爆破を最小限に留めようとしたと思われます。
爆発物の量が少ない事と、おそらく指向性の爆弾を使っています。
あと、明らかに人通りが少ない時間を狙ってますね。』

「そうか……これは関空と一緒だ。ケガ人はほぼ出てない。
これは奴の挨拶代わりなんだろう……」

『挨拶……ですか。なんでそんな手間のかかることを……』

「これは……奴の罠に嵌まったかもしれない……
あいつの言う花火ってのはこんなもんじゃないはず……
こっちにおびき寄せられたってことかもな」

夜桜と会話しているその時──

「お疲れ様です!」

地元の警官がこぞって敬礼をしている。

少しくたびれた春物コートを羽織った中年男性、おそらく部長クラスだろう。
現場へとゆるやかに入ってきて、優斗を見るなり真っすぐに向かって来た。

「神代……警部ですな?」

「はい、お疲れ様です」

「これは噂通り、お若い警部だ。
私は佐嶋と言います。ここで警部やらせてもらってますわ。
どうぞお見知りおきを……」

「はぁ、これはご丁寧に」

軽い敬礼をし、形式ばった挨拶が終わると、ごそごそと懐から小さなメモを取り出した。
何かを確かめるように目を細める──

……

佐嶋の目つきが180度変わった。

「ところで……神代警部。昨日の夜はどこにいました?」

突然予想もしていなかった質問を浴びせられ、優斗は完全に思考が停止した。
横で聞いていた夜桜も佐嶋の質問の意図が分からず、呆気に取られている。

「え……それは……どういう事ですか?」

佐嶋の、顔に張り付けたような笑顔が薄気味悪い。目の輝きが底知れぬ冷たさを醸し出している。

「いえね……ちぃーとばかし、お聞きしたいことがありましてね。
署までご同行願えますかな?」

優斗は佐嶋に案内されるがままに県警のパトカーへ移動させられる。
夜桜は今にも泣きだしそうな顔で優斗を見送りながら脳内デバイスで騒ぎ立てる。

『優斗さんが何で連れていかれちゃうんですか!!
佳央莉さんにも連絡入れましたからね!!あとで絶対助けますから!!』

佐嶋に様子を気取られないように脳内デバイスで夜桜を落ち着かせた。

「心配するな。カメラの映像があったか佳央莉さんに聞いておいてくれ。
クラウンは頼んだ。いい子にしてるんだぞ」

パトカーの後部座席に座った優斗へ佐嶋が話しかけた。

「ああ、そうだそうだ。神代警部、コーヒーはお好きですかな?うちのは安物ですがね」

「まぁ……どうぞお気遣いなく……」

佐嶋は改めて張り付けたような笑顔で優斗に告げた。

「いえいえ、今日は長くなりそうですからなぁ。」

そう告げると佐嶋の目つきがまた変わった。

「もっとも……今日で終わればいいんですがね」

第3章 完