異世界刑事~刑事達が異世界で事件捜査~ 第10話

第10話 静寂の寝室<6>

−−アムルナム教、教会

街の北側にある静かな石畳の道を抜けた先に、その教会はひっそりと建っていた。石造りの塀に囲まれた敷地には人の気配が少なく、どこか結界の様な静寂が漂っている。高く尖った屋根と、重厚だが装飾の少ない木製の扉。建物全体に過剰な荘厳さはない物の、積み重ねられた時間の様な確かな重みを感じさせた。

和司が扉の前で足を止めたその時、ちょうど中から出てきた女性に声を掛けられた。

「礼拝にいらしたのですか?」

「いえ、我々はクエストについて調査している者です」

「クエスト?この教会と何かご関係が?」

「それはまだ何とも。ただ、この国の宗教について知っておきたくて。教義や信仰のあり方など、参考にしたく思いまして」

女性は一瞬だけ驚いた様に瞬きをしたが、すぐに微笑みを浮かべた。

「私はこの教会の聖職者を務めております、リアム・ハウスウッドと申します。信仰についてのご質問でしたら、いつでも歓迎します」

そう名乗った彼女の姿は、和司の聖職者というイメージとはいささか異なっていた。

服装は黒を基調としてはいたが、頭にベールはなく、ワンピース型の修道服でもない。上衣は三つの大きなボタンで留めるショート丈の上着、下はしっかりとした布地のパンツスタイルだった。そもそも、この世界の修道服なのだから、自分達のイメージに当てはめて判断する事自体が間違っているのかもしれない。

「アムルナム教は”共に手を取り合い、困難に立ち向かおう”という教えを教義としています。50年前の戦争を期に、私達の教えはこの国に広まりました」

「アムルナム教の・・・その、シンボル的な物はありますか?」

「シンボル・・・?いえ、そういった物はありませんが」

「ありません?ない?」

「はい。人々が手を取り合うのに必要なのは形ではなく心です。誰かと手を繋ぐ時、印や飾りは不要でしょう?」

「まぁ、確かに」

「我々はヴァンパイアを捕まえたいと考えています。・・・何か、信仰に基づいた対抗手段があれば教えていただけませんか?」

「それは、あなた達二人が共に手を取り合って、困難に立ち向かう事です。それこそが何よりも強い力になるのです。大丈夫、あなた達にならできますよ」

「そうですか・・・。ありがとうございました。参考にさせていただきます」

丁寧に頭を下げたものの、教会の敷地を出た二人の足取りは重かった。

「・・・何の参考にもならなかったな」

「俺達の常識とこの世界との間にズレがあるな。宗教に形がないとは思わなかった」

「ヒロ、他にヴァンパイアの弱点っていったら何がある?」

「銀の武器だな。伝承によれば、銀で傷を付けられると再生が遅れる。癒えない傷痕になる事もあるらしい」

「銀ねぇ、俺達の手持ちで買えるかどうか」

どうすれば銀の武器が手に入るのか。二人は頭の中で入手方法を考え始めた。

−−ギルド

ヴァンパイアに対抗するには銀の武器が必要だ。それを入手する資金を得る為、二人はギルドを訪れていた。

「報酬の前借りをしたい?」

「武器を買うのにどうしても必要なんだ」

ギルマスは首を横に振った。

「そういうのは受け付けてません。今ある装備でクエストをこなすのがギルドのルールです。じゃないと前借りしたままクエストを放棄して逃げてく人達が出てきますから」

「何か他に簡単にできるクエストないか?今すぐできそうな」

「あ・り・ま・せ・ん。それよりもあなた達は今やってるクエストをどうにかする方が先でしょ」

「その為に銀の武器が必要なんだよ」

「でーすーかーらー、手持ちの装備で何とかしてください」

二人はギルマスに無慈悲に追い出された。

「銀の武器ってのは具体的にどの位の大きさがあればいいんだ?」

「傷跡を付けるだけでいいなら針位の大きさでもいいんだ。銀さえ手に入れば・・・」

和司は財布の中を覗いてみた。ゼガ硬貨に混じって日本円がジャラジャラ出てきた。それを見て何か思い付いた。

「この世界での金銀銅のレートってどうなってるんだろな」

「俺達がいた地球とこの世界の鉱物資源の埋蔵量が同じとは限らないかもな」

「クルプに聞いてみよう」

和司は話し貝を押してクルプに連絡を取った。拳銃と警棒の製作で無茶振りをされただけに、「今度は何の用だ?!」と怒鳴られた。

「金と銀と銅ってどの順番で高いんだ?」

『その中でなら金は採掘量が少なく、最も高価な資源じゃ。王族や高級貴族の装飾品にのみ使われておる位じゃからな』

そこは現実世界と変わらないのか。話を続ける。

『問題は銀の価値じゃ。50年前の戦争ではブロンズソードやブロンズアーマーは強度はあった物の魔族相手には全く歯が立たなかったからな。そこで多少強度は落ちても破邪の力を持つ銀の採掘を最優先にされたんじゃよ。じゃが戦後、壊れた鎧や使われなくなった武器が市場に大量に流れて銀の相場は暴落。銅より価値が落ちたんじゃ。ここ20年の間に銅の採掘も再開されたんじゃが、それでも銀の価値は銅よりもまだ低い』

「じゃあ銀はそれほど価値はないのか?」

『そうじゃな。お前さん弾丸を作るのに鉛を銅でコーティングしろって言ってたじゃろ。大量に作れと言っておったが少し値は張るぞ』

和司が財布から10円玉だけを出してみると14枚ある。

「お前結構10円持ってるんだな」

「この前自販機でコーヒー買ったらお釣りが全部10円で帰ってきたからな」

弘也が持っている10円玉3枚を合わせると合計17枚。10円玉一枚の重量が4.5gなので76.5gある。

「これでどれだけの銀と交換できるか、だな」

二人は近くの鍛冶屋に行ってみた。武器の調達ができない今、これが頼みの綱だ。

−−鍛冶屋

和司は持っていた10円を鍛冶屋に渡して銀と交換する事にした。クルプの言う通り、銀の価値は銅より落ちていて76.5gの銅が120gの銀に交換できた。

「銀をこのくらいの大きさの玉に加工できるか?」

和司は指で約1センチ位の大きさを示した。

「全部作ってしまっていいのかい?」

「それで頼む。あとこれ借りていいか?」

和司は壁際でホコリを被っているペンチを手に取った。すでに錆びていて開閉もぎこちない。

「使い物にならなくなった奴だし、持っていっても構わんよ」

和司はジャケットの内ポケットからコンドームを何個か取り出した。

「ちょっと待て、お前何でそんな物持ち歩いてんだよ?」

「いつ使うか分からないだろ」

「一生使う事なさそうだな」

伸ばしたコンドームを何重にも重ねて逆さに持ったペンチの両側の持ち手に結びつけた。ゴムを引っ張ってどの位伸びるか試してみる。これと銀の玉を合わせると一つの武器になった。

「なるほど、スリングショットか」

「飛んでいる相手に攻撃するならこっちも飛び道具が必要だ」

言っている事は全く変じゃない。あり合せの材料だけでよく作ったと言いたいが、コンドームが含まれていると思うと何とも言えない気持ちになる。

−−酒場、フォンストリート

今夜四件目の事件が発生する可能性が高い。酒場に戻った二人は作戦を描き始めた。

「ヴァンパイアはコウモリの姿をして空を飛んで移動するんだよな。そのコウモリを追いかけていけばヴァンパイアを確保できるんじゃないか?スリングショットの一発でも撃ち込めばダメージを与えられるんだろ?」

「それはそうだが、地上から見つけるのは困難だ。誰かが高い所から見張る役をしないとダメだ」

「それはヒロに任せる。ヴァンパイアの特徴に詳しいからな。俺が捕まえる役をする。連絡は話し貝で取りあうでどうだ?」

「・・・その役、逆じゃダメか?」

何でだよ、と聞こうとしたが和司はある事に気が付いた。高台の最上部はビル五階分に相当する高さ。そして悲しい事に弘也の弱点は高所恐怖症だという事だ。

じゃあしょうがない。と和司は高台から指示を出す方に回り、二人は夜を待つ事にした。